昭和50年代前半(50~54年) 懐メロ歌謡曲ランキング

■ IT産業の発達という時代の大きな渦の中で発展していく歌謡界

50年代(50年~54年) 昭和史【豆知識】




昭和35年に始まったとされるベトナム戦争は長きに渡る泥沼の中、昭和50年にようやく終結にいたります。この戦争による世界的な影響は想像を絶する多大なものでした。また、同じ年の10月、昭和天皇・皇后がアメリカに渡り公式訪問します。この時代は現代の先端を走るスマホなどのIT産業の基盤を作った意味でもひとつの区切りと言える時代といえるでしょう。まず、マイクロソフト社の設立がされたのもこの年でした。

そして日本では昭和54年、NTTグループが、平成の現在、成人の1人に1台は持っているといわれる携帯電話の元になるであろうものを東京にて、世界初の「セルラー方式自動車電話」という形で開始します。これは自動車のバッテリーを電源として、車外にアンテナを取り付けるというこれまでにない画期的なものでした。


このようにして自動車産業、鉄道などの発展と同時に、「IT」という新しい産業が加わる事によって日本は世界的なレベルで益々の経済的発展を成し遂げることになります。また「コンビニエンスストア」という24時間営業しているスーパー・「ローソン」が新しく設立されたのもこの時期にあたります。

歌謡界では、双子のデュオで昭和30年代から40年代の一世を風靡した「ザ・ピーナッツ」が惜しまれつつ引退をしました。また、ロックバンド・「キャロル」が解散、戦前から戦後を通しての作曲家の大御所として活躍してきた古賀政男氏が昭和53年7月に永眠しました。しかしその前年の昭和52年、後に国民的大スターになる、短期間で日本の度肝を抜くほどの経済効果をもたらした「ピンクレディー」がデビューします。


また徐々に定着してきた「ニューミュージック」という自作自演での音楽、「アイドル歌謡」の誕生、これらによって、大きな時代のうねりを感じさせる歌謡界の流れがありました。ピンクレディーがデビューした翌年の昭和53年には、当時新人歌手の発掘や昭和後期の歌謡界を大きく支えてきた大人気歌番組「ザ・ベストテン」が放送開始されます。

多くの新人歌手、まだヒット曲に恵まれない歌手がこの番組に出演するのを夢見てきたという様々なエピソードが残されています。この「ザ・ベストテン」を筆頭に数々の歌番組が組まれ、新曲の売り出しに力を注ぎ、また各民放では数え切れない程の音楽祭が華々しく開催されました。

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―昭和50年代(50~54年)  懐メロ歌謡曲ランキング ベスト10―

1位
津軽海峡冬景色 石川さゆり
 
 
「津軽海峡冬景色」
 石川さゆり

 作詞/阿久悠  作曲/三木たかし

今は存在しない「上野発の夜行列車」、「青函連絡船」。だから、「北へ帰る人の群れは誰も無口で」という事も空からでしか津軽海峡を見ることができない今ではわかりません。

詳しくは歌謡曲【豆知識】をご覧下さい。

2位
北の宿から 都はるみ
 
 
「北の宿から」
 都はるみ

 作詞/阿久悠  作曲/小林亜星

吹雪の中の淋しい宿に女一人、愛しい人の為に着ても貰えないセーターをただ編んでいる・・という節の歌詞を見るとなんて暗い曲なんだろうと思うが、情念のこもった女心をこの曲の歌詞とメロディーで、都はるみの抜群の歌唱力によって、これぞ「昭和の時代の演歌」の代表曲にしたい程の、心に染み渡るほどの感動を覚えた名曲だ。

3位
シクラメンのかほり 布施明
 
 
「シクラメンのかほり」
 布施明

 作詞/作曲  小椋佳

この楽曲は一時期人気が低迷していた布施明が、この楽曲で日本レコード大賞やFSN歌謡祭・グランプリなど年末の大きな賞を総ナメしたことで、作詞作曲・小椋佳が一躍注目を浴びる代表作となったのがこの「シクラメンのかほり」です。ゆっくりと語りかけるような口調とそのスローなリズム感が小椋佳の世界観を象徴している作品とも言えます。

4位
北国の春 千昌夫
 
 
「北国の春」
 千昌夫

 作詞/いではく  作曲/遠藤実

この「北国の春」はオリコンチャート100位以内を通算92週も維持し続けたすごい記録を持つ楽曲です。この息の長いミリオンセラーで日本レコード大賞ロングセラー賞を受賞し、紅白歌合戦では3年連続この曲での出場となりました。千昌夫のあの田舎臭い出で立ちで唄うキャラクターも人気のひとつだったかもしれません。

5位
与作 北島三郎
 
 
「与作」
 北島三郎

 作詞/作曲  七沢公典

「与作は木を切る・・・ヘイヘイホ~ヘイヘイホ~」と当時の子供たちをも歌まねをしていたほどに流行歌となった北島三郎の名作である。この楽曲は無名の作者が当時の歌番組「あなたのメロディー」で北島三郎が歌ってくれたことで火がつきヒットに繋がった珍しい経緯があります。北島三郎本人もこの楽曲で新境地を開けたともいえるでしょう。

6位
夢追い酒 渥美二郎
 
 
「夢追い酒」
 渥美二郎

 作詞/星野栄一  作曲/遠藤実

当時のマンモス番組「ザ・ベストテン」で演歌で最初にベストテン入りした楽曲です。日本レコード大賞ロングセラー賞を受賞するほどに息の長い曲で渥美二郎の地方巡業の努力の成果だといえます。累計売上182万枚のミリオンセラーとなりました。

7位
おもいで酒 小林幸子
 
 
「おもいで酒」
 小林幸子

 作詞/高田直和  作曲/梅谷忠洋

まだ幼い11歳で歌手デビューをした小林幸子は、デビュー曲「ウソツキ鴎」のヒットで、当時「天才少女・ひばり二世」ともてはやされたものの、それから15年間というもの長い低迷期があった。「おもいで酒」という曲はそんな彼女の人生を大きく変えるほどの大ヒットとなった。それからというものヒット曲を多く発表し、また紅白歌合戦で美川憲一との豪華衣装バトルが印象深いが、独特のサービス精神旺盛な芸能活動で活躍し、昭和歌謡界に一躍光る貢献をしたきた女性歌手だといえる。

8位
みちづれ 牧村三枝子
 
 
「みちづれ」
 牧村三枝子

 作詞/水木かおる  作曲/遠藤実

牧村三枝子の100万枚を超える大ヒット曲。もともと渡哲也のアルバムの中に入ってた曲を、まだ無名の歌手だった彼女が同じレコード会社の先輩とはいえ、あの渡哲也に直談判して自分の曲として発売したというからすごい事だと思う。男が女を想う気持ちを歌ったこの曲は、そんなパワーのある牧村三枝子にしっくり馴染む・・。改めてそう思った。

9位
昔の名前で出ています 小林旭
 
 
「昔の名前で出ています」
 小林旭

 作詞/星野哲郎  作曲/叶弦大

日活の大スター・小林旭の爆発的大ヒット曲。スクリーンの中の小林旭と重なり、哀愁たっぷりの歌声とともに強烈に心に突き刺さる。同時代に青春を過ごしてきた世代にとって「小林旭」は最も特別な存在だ。それだけ魅了される名曲である。

10位
青葉城恋唄 さとう宗幸
 
 
「青葉城恋唄」
 さとう宗幸

 作詞/星間船一  作曲/さとう宗幸

仙台城をモデルに描かれたこの曲は、どこか懐かしい、爽やかな気持ちにさせてくれる。仙台のラジオ番組のディスクジョッキーをしていたさとう宗幸は聴取者から寄せられた詩に曲をつけてこの曲を作った。仙台市民とさとう宗幸が作った合作であるというのは清々しい。